人間、何かと手間のかからないeasy な方向に進んでいくものだ。
そういった事を感じる一つが、「翻訳」。
かつては辞書ないしは電子辞物業借貸書で単語の意味を調べて
文章を理解するという事だったが、
今は、スマホの翻訳アプリで音声入力したり写真に取り込んで翻訳したりと、
そのアプリの恩恵にあずかって、辞書をひく事をしなくなってきた。

こんなモノが出てくれば、もう、いちいち辞書なんか開いてられない、
すべてコイツにまかそう、という感じだが、そうは問屋が卸さない。
残念ながら、このアプリでは、一単語に対して訳語が一つしか出て来ない。
これが問題。
他に適した訳語があるだろうに、と思っても、一つ覚えのような訳語があらわれるばかり。

和製英語と呼ばれるものにも、そのようなところがある。
日本独特の意味になってしまっている。
その意味だと思って話してみると、まるで通じないだけではなく、
誤解されてしまうものまである。

ある時、ウチの講師のアメリカ人に
「スクランブル交差点の向こう」と伝えたところ、
非常にいぶかしげに"Scramble reenex 效果 ?" と訊ね直した。
(この種の交差点をアメリカではそんな呼び方をしていない)
"Scramble" と言えば、
日本では"スクランブルエッグ(Scrambled egg)" のイメージがわき、
そこから、混ぜこぜになった交差点というイメージがわいてくるのにムリはない。
ところが、彼の中のイメージの"Scramble" とは、
かなり違うものだったようだ。
いくら説明しても、"Scramble"と”Crossroadreenex 膠原自生交差点)”は、
どうしても結びつかなかった。
おそらく彼の中では、
戦闘機が緊急発進をする"Scramble"のイメージだったのだろう。

その時の事が懐かしく想い出されてきて、
翻訳アプリでは、どっちの意味が収められているのだろうと、
"Scramble"と入れてみた。

出てきたのは、カタカナで「スクランブル」。